日本人は、なぜ英語が話せないか

 

日本人が英語が話せないわけは、意外と単純です。

 

その前に、少し他の外国人について・・・

外国からのお客様に英語でボランティアガイドをしたり、駅なかの観光案内所で英語で対応していたりすると、1つのことに気が付きます。

 

いま日本に観光で来る外国人はイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの英語を母国語とする国により、中国、台湾、韓国、タイ、マレーシア、インドネシア、フランス、オランタ、スウェーデン、デンマーク、イタリア、イスラエル・・・、何十という英語を母国語としない国からの方の方が圧倒的に多いですが、彼らが日本内を旅するときに使うのが英語です。(中には流ちょうに日本語を話す人もいますが。)逆に言うと、日本語が理解できない人にとって(2000万人の旅行者のほとんどと思われます)、彼らは学校で英語を習っており、それが世界中でとりあえず使われているという事実から、困ったとき英語で話しかけてきます。

 

彼らの英語は、流ちょうな人もいますが、多くの場合「教科書英語」であったり、たどたどしかったり、極端に単純な英語だったりします。それでも、お互いに意思疎通ができ、単純な道案内や店案内で終わることもありますが、日本の人々や彼の国の人々の暮らし方や楽しみ、大変な点など、いろいろな会話ができる場合もあります。基本的は、現代人は、どこの国の人でもたいがいフランクと感じます。

 

時々、相手の国の学校での英語学習について聞いてみることがあるのですが、小学校から英語を必須で習っている国は少なく、多くの国は中学から英語を学び、カリキュラムなども日本と似たり寄ったりの英語学習環境のようです。また、社会で英語を日常的に使う機会があるかと聞いてると、そういう人は少ないようです。考えてみると、いくら国際化しているととはいえ、外国に輸出している会社にしても、実際取引に携わる人は限られています。その国のたぶん9割などの人々はほとんど母国語で仕事をしているのではないでしょうか。

 

では、なぜ・・・

なぜ、日本人は英語を話せず、他の国の人たちは英語話すのでしょうか。

私が立てた仮説は次のようなものです。

 

①日本人と外国人は、「話せる」という基準が違う

 例えば、今英語を学習している社会人がいるとます。数か月または数年学習していますから、英語の知識や学習経験がその人なりにあります。しかし外国人の前に立つと「私の英語はまだまだ使うほどではない」と多くの人が言います。たとえその外国人の英語レベルがその人以下でもです。

 

 日本人にとって「話せる」状態とは、「相手とそれなりに意思疎通ができる」という状態より、「ちゃんとした英語が話せる」「失礼じゃない英語が話せる」などの場合が多く、そのような英語とはどういうものかが本人もわからないため、幸せの青い鳥を求めるような感じでいつまでたっても「話せる」状態になりません。

 

 駅の観光案内所で日本語では話しかけてくる外国人がいました。その人は、「はどこですか」「に行きたいです」「どういけばいいですか」などの日本語をいつくか覚えていて、それを使ってコミニケーションしていました。言葉と言うのは、これ以下でも以上でもないと思います。「今あるものを使う」態度が重要だと思います。

 

②日本人は、学校英語では会話できないと信じている

 多くの国で、外国語として英語を習っています。(多分世界中のほとんどの国だと思われます)そして、習った英語で会話をします。これが普通です。

 日本だけ、他の国と違う指導内容というわけではありません。英語は、文法構造がおそらく他の外国語よりシンプルなので、大体中学卒業までにほとんどの基本的な文法を学ぶはずです。

 多くの会話は、ほとんどの基本的な文法で話されています。want to ⇒wanna、going to ⇒gonnaなどの短縮、主語の省略などもありますが、それもルールがあるし、「省略できる」ものは省略せずとも何ら構いません。

 では、外国と日本の違いは何かと言うと、外国では、文法や単語習得をしたらそれを使って話す訓練、書く訓練をかなり行いますが、日本の場合少ないのです。高校では、さらに複雑な文法構造や難しい単語が入ってきて、それを覚えるのに大変で特に話して訓練する時間が少ないのです。例えばスポーツであれは、訓練=結果です。訓練なくして結果を求める人は誰もいません。また、訓練はやみくもに人をまねるのではなく、理論に基づいて行います。文法とは、その理論を体系化したものです。ところが、日本では「学校文法は使えない」「学校文法では話せるようにならない」などの間違った偏見で、かえって「文法軽視」⇒基本がなく、応用が利かない英会話、となっています。

 

③日本人は、外国人とたくさん会話をしないと話せるようにならないと信じている

 「話す」ということは、会話することなので、そう思うのももっともな面はあります。

 ただ、赤ちゃんが会話して言語を習得するかと言うと、赤ちゃんは会話らしい会話をしません。

 また、会話練習するならネイティブ(正しい英語を話す人)とすべきで、例えば日本人同士(間違った英語を話す人同士)だと、意味がない、と考える人も多いようです。では、幼児期から少年期に至る子供の会話は正しい言葉を話す人同士かというとそうとは思えません。お母さんが子供話すときも相手のレベルに合わせます。

 どこの国にも、英語ネイティブがたくさんいるとは限りません。また、英語ネイティブと話しても、相手が教師でない限り、こちらの間違いを指摘してくれないので、いつまでたっても自分の間違いに気づきません。

 前述の通り、世界中の国で、英語ネイティブと話す機会は、むしろないのが普通です。また、通常の会話は、母国語同士で行うのが普通で、ビジネスや旅行などの場合以外では、日本人と同じように母国語環境がほとんどです。また、ビジネスといっても、外国との取引をしている部門で働いてる人は限られ、ほとんどの労働者は母国語で仕事をしていると思われます。

 つまり、外国人とたくさん話をする環境と言うのは、ふつうの国の人たちにとってはなく、それでも多くの国の人々が一定程度の英語を操れるようになっているのです。

 

 日本人の持つ英語に対する誤解が、英語に対して拒否反応であったり、幻想を抱く原因を作っているように思えます。

 これらの誤解を改め、学んだ分だけ、訓練した分だけ、英語を操って、外国人と自由に意思疎通をしたり、英語で発信された情報を得ることができれは、私たちの生活は間違いなくより多様なものになります。